10/25/2013

良い本。

こつこつと読んでいたと言うと、他ごとが忙しく少しずつ読み進めたように
聴こえるが、この場合は最後の頁に辿り着きたくないから勿体ぶって
読んでいた。
「編集者の時代 雑誌作りはスポーツだ」
マガジンハウス文庫

何を隠そう、わたしはPOPEYEリニューアルからしっかりと心を掴まれてしまった部類の人間で、初期から読んでいる人からは、にわかだと言われるかもしれない。

創刊前は、流行の服に流され、メンズノンノとの差別化が図れておらず、あのポパイが表紙なんかに使われたら全く似つかわしくなかったものだったが、
リニューアル後、良き時代のポパイが帰ってきた。 もちろん「シティーボーイ」の服装も好きだが、その系統は他の雑誌でもある程度知ることができる。
ここまでこの雑誌に惹かれてしまっている理由は、
「文体」と「姿勢」。

ギャツビーがold sport!と語尾につけるように、
親しい友が新しいこと、古くて知らないことを教えてくれる。
〜だよ。〜してみない?〜なんだ。 

そして、作らされている感じが一切なくて、むしろ、詰め込み過ぎだよ、と
あきれ顔(だけど笑顔)をしたくなるような、編集者が作りながら熱くなっちゃっている感じがある。

きっと大人の事情もあるだろうけど、乱立する何十種類もの雑誌は、
まるでタウンページのような厚さで、タイアップのおかげで、右上ジャケット○○円って商品カタログみたいだ。作り手の顔は見えてこない。どんなものが好きで何をして暮らしてるのか。校了に追われて疲れた顔でパソコンに向かって、たまにパーティに出席する編集者という仕事の人の姿なら目に浮かぶ。

「編集することは、自分たちの好きなものを集めて編むこと。」
この原点を毎号素直に感じさせてくれる雑誌がPOPEYEだ。

この文庫は、良き時代のPOPEYEの、編集後記を集めたもの。
編集長 木滑良久さんが痛快な語り口で、喜んだり、勇んだり、しかめ面しながら
その時代の様子を教えてくれる。

7/20/2013

人間らしさを失わないためのデジタル


今日は珍しくテクノロジーなお話です。

そんなことよりもっとお洒落なことが聞きたいぜ。というかたは、
どうぞこちらをクリックしてDaft Punk のTechnologicでも聞いてください。
http://www.youtube.com/watch?v=YtdWHFwmd2o


空中に文字やイメージが表示されて、
それをタッチして操作する という
SF映画で見たような世界を実現できる時代に
なっているのだそうです。

さすがに電話を背負っていた世代ではないにせよ、
ケータイが白黒ドット画面を知る90年代の私でさえ、
iPhoneが登場したとき、そのテクノロジーに驚き、
いま満足しているところなのに。なんてこった。

音楽を聞かせるだけで、曲データが表示してくれたり(Shazamというアプリを使って)、
話しかけると天気や時間を教えてくれる(Siri)
親切で、知らないことが無い、天才肌の小さなパートナー。

しかし、付き合っているうちに
常に指をスライドさせて情報を得ていなければ
落ち着かないという変な癖ができてしまいました。
「恋人よりも、一日中見つめあってる相手って、だ〜れだ?」
と某メガネブランドのブルーライト対策レンズの広告にあったように
皮肉にも、私たちはパートナーが目を害してくるゆえに
メガネをかけてあげるという、尽くしっぷり。完全に恋人依存症。


ゲーム機をしながら歩くと、
前を見て歩きなさいと母親によく叱られただろう少年たちは、今スーツを着て、
iphoneの画面を見ながら歩き、
よく人にぶつかっている。






スマートフォンという形あるデバイスがあるから、
生活の動きをデバイス中心にしはじめている尽くしたがりな私たち。


冒頭に述べた、未来の生活を実現したインドの一人の青年がいました。
Pranav Mistry プラナヴ・ミストリー 

目の前にあった安いマウスを分解し ローラーとセンサーを取り出し指にはめられるようにして、
モーションセンサーでコンピュータが動作する発明をしたことから彼の研究は始まったという。
豊富な資源のあるMITの研究室からでは生まれなかったでしょう。
彼を紹介していた坂本龍一さんがおっしゃっていた通り、
「足るを知る」ではなく
「足りないから知れる/気付く/できる」ことがあるのだと
彼から感じました。 

身近にあるものを使って 夏を快適に過ごすグッズとかを作っていた
小学生の頃の自分を思い出して(注1)、 乏しい想像力に成り果てた自分を一喝!

なんだか夏休みの自由研究でもしたくなりました。

(注1)保冷剤の中身を細長いビニールにうつして、タオルで巻いて
首に巻けるようにし、首元を冷やして体温を下げるというもの。
その次の夏にこうして”あったらいいなを形にする”ことをモットーに掲げる小林○薬さんに商品化され、薬局で発見した私は、特許申請でもしておけばよかったと思いました。


それはそうと、話は戻って、、


人間らしい生活を送るためのデジタル 
人間の日常的な行動、主にものを見る、ものを手に取るという行為に
溶け込むヒューマンインターフェイス。

久しぶりに わあっと感嘆の声が何度も漏れるような プレゼンでした。










7/16/2013

エアコンを止めてみる、節約とは関係なく。



夏の夕方のにおいが好きです。
すぅっとした風にのって草の匂いやアスファルトとタイヤが焼けている匂い。
植物や小さい虫にも体臭があるのかな、なんて思ったりもします。
背中には外の風、前から扇風機の風を受けながら、この記事を書いています。

そうそう、今回は、大好きな文筆家、
松浦弥太郎さんについて
お話します。



 
彼の文章に出会ったのはPOPEYEの連載。

わたしは生き急ぐように、せかせかと、
なにかをしなければと
思ってしまうタイプの人間なのですが、
もちろん走り続けてはいられず、
たまに疲れてしまうどころか、
すべて無意味に感じられてしまうこともあります。
そんなとき、
彼の文章を読むたび、心の中が、
 家具も何もない引っ越す前の
 新しい部屋を見にきたときの気分、
 何もない部屋を眺めた時のあの不思議な
 平坦でまっさらな気持ちになって、
またあたらしい毎日を始められます。

すっかり彼のファンになってしまい、たくさん本を買いました。
一体どんな文章なんだよっと、言いたくなっている人もいるかもしれないので、
ここらで、少し紹介します。

いいセーターは毛玉がいっぱいできるという話にふれていて。

「人の心にも毛玉のようなものが出来ているかもしれない。毛玉というのは何かと何かがこすれて、こすられることでケバ立ちが丸められ、木の実のようにそこにぶらさがっている。そうしていつの間にかおっこちる。日常生活の中で、心は嬉しいこと、悲しいこと、苦しいことなど、いろんなこととこすられているはずだ。その度に、心のまわりには小さくて丸い毛玉が出来ているのかもしれない。〜中略〜 なるほど、心とは、日々の祈りや想いという毛糸で、一人せっせと編み込んでいくものなのかもしれない。」  あたらしいあたりまえ より引用



身近なもの、何気ない生活の発見から、
自分の生き方について立ち止まってみることを教えてくれる松浦さん。

松浦弥太郎さんは、1965年生まれ。『暮らしの手帳』編集長でCOWBOOKSの代表。
高校を中退してアメリカへ行っている。
きれいな言葉と、常識それ以上に良識を持っている松浦さんを、
てっきり素晴らしい大学を出て、文学について学んできた人なのかと思っていました。

さて、言葉づかいというものは、決して学歴などとは関係のない次元なのではないかということについて改めて考えてみたくなりました。
どんなに高学歴でも 悪い言葉をつかう人がいます。すげーとかやべーとかそんな「口調」もそうですが、本当の悪い言葉とはやはりだれかを傷付けることばではないかと思います。
反対に良い言葉とはなんでしょう。
共感すること、鼓舞すること、
伝えられた人の道の先がほんの少しでもひらけるような言葉、、、。
→良い言葉悪い言葉について考えてみましょう

松浦さんは言葉づかいについてこう言っています。

「言葉づかいはマナーではなく気持ちです。
その人が『世界にどんな気持ちで向き合っているか』のあらわれです。」 くちぶえカタログ2より

私は 悪い口調はさほど使いませんが、
時々、はなしを振り返っては後悔することがあります。
素直に共感せず、相手をおちょくったり、何かを批判したり。毒入りの言葉ばかり手渡す悪者になっていることがある。

『世界にどんな気持ちで向き合っているか』のあらわれ
このことを常に頭において、丁寧に言葉を使うことを心がけたいものです。

日本の夏の風と 麦茶によく似合う 
松浦さんの本たちぜひ一冊お手に取ってみてください〜。



6/19/2013

へんなブログ再開し〼。


ハンティングから早ひと月半、
筋肉痛もなおり、宴もひとしきりやったので、
リニューアルして再開です。
(どうせ、続きませんけれど)



「二兎追う物は一兎も得ず」という諺は、
何においても本当にそうである。

間違って、二兎穫れたとする。
だけど、一兎でおなかが一杯になってしまった。
二兎狩ってしまって、残りの一兎をなくなく処分しなくちゃいけない。
この方がもっと残酷だろう。

そんなことを考えたりしたハンティング期間。

最近は もぐもぐと(間食のように)本を読んでいる。
文無しのわたしは、図書館に通っている。
大学の図書館。
地下はいつでもひんやりとして、
本達が手に取られることを息をひそめて待っている。
なかなか自己アピールの上手い本もいて、
つい家に連れて帰ってしまうことも。
そんなアピール上手なセクシーな本をひとつ。
『京大式 フィールドワーク入門』NTT出版

googleで検索すればなんだって知ることができる時代。
足を運ばなくても大体のことはわかる。
フィールドワークとはなんぞや!
人々の暮らし、自然との付き合いかた、人間社会のことを実地調査するのである!!
とっても背の低い民族、ピグミー族(私はちがうよ?)の暮らしぶりを実地調査する例をあげて、仮説、検証、結果の仕組みをおしえてくれている、
なんてアカデミックアナログな本!!!!!!

足、動かしてこ!声、出してこ!っていう
原点回帰です。グーグル時代にね。




やっぱり ことばを交わさないと分からないわけです、本当のことなんて。
ことばって、テキストメールじゃなくて、生の。
「肉声」
そりゃ、肉だから赤みもあればよく焼けてるとこもあるんで、
おなか壊したり美味しかったりするわけだけど、それ全部調理しているのは
わたしたちです。上手くお肉を調理できる料理人になりたいですね。

なんか全体的に、ハンティングからの流れで 野性的な記事になってしまいましたね。

次回は
COWBOOKSの松浦弥太郎さんの本について書きますですよ。う〜んアーバン。



2/24/2013

go hunting.


何を狩りに行くのかって、
お仕事です。
英語では職業を探すことをjob huntingと言うらしい。
まさに日本の大学三年生は、狩人のように眼光するどく、黒い衣に身をつつみ、
コンクリートジャングルをiphoneという相棒を連れて駆け回っているなあ、
なんて、他人事のように書いているけれど、私もsurviveしなくちゃいけない一人だ。

今まで、アルバイトをしてはいても、
なんとなく、働くおとなたちに守られている感じがしていた。
沢山の職種があることは知っているけれど、
なんとなく、「みんな働いているなあ」と思っていた。
しかし、今、自分も一員になるために、会社のこと、そこでする仕事について、
話を聞いてみると、「働く」ことが思っていたより、もっともっと厳しくて、もっと多様で、もっと楽しいことだと知る。

なんのために働くのか、お金をかせぐためだ。いつまでも親のお金に頼ってはいけないからさ。だけど、それだけではない。自分がした仕事が誰かの役に立っている、誰かを喜ばせている、そんな達成感と責任感がある。自分じゃなくても他の誰かでも出来る仕事かもしれないと思うこともこれからあるだろう。そんな時、これは自分にしか出来ないぞ!こんな夢を叶えるために今自分がここにいるんだぞ!っていつも思える働く大人になりたい。
明日も、獲物をめがけて突っ走る狩人たちに押し流されないよう、
しっかり足をふみしめて立とう。